雨は止む









僕の人生はあまり良いほうではないだろう。

親は物心ついたときにはいなかった。

愛に特別飢えていたわけではなかったけれど、

満たされていなかったのは事実だった。

そんな僕を癒してくれたのは雨の日だった。

雨は愛の代わりに僕の心に染み込んでいく。

深く、冷たく、僕を濡らし続ける。

僕に傘なんていらない。







「風邪引くわよ。」



アスカはそう言って僕を傘に入れようとした。

ツンとした表情や少しきつめの言い方からは想像できないけれど、

きっと僕のことを心配してくれているんだろう。



「ありがとう。

 僕が持つよ。」



持って初めて気が付いた。

二人はいるには少し小さい。

せめてアスカだけでも濡れないようにしないと。



「シンジにしては気が利くじゃない。」



「それは褒めてくれてるんだよね?」



「バカね、当たり前でしょ?」



しばらく歩いていると隣から鼻歌が聞こえてきた。

今日はやけに機嫌がいいみたいだ。



「ねえ、今幸せ?」



「どうしたんだよ、急に。」



「だから、幸せなのかって聞いてるのよ。」



「前よりかは幸せかな。

 ここ最近は平穏って感じで。」



「ふーん。あっそ。」



僕がここに来る前、あまり喋っていた記憶はない。

口は禍の元だと信じていたわけではないけれど、

必要最低限のことしか話さなかったし、話せなかった。

今こうしてアスカと他愛もない話ができることを純粋にありがたく思う。



「雨、止んだね。

 傘閉じるね。」



「ねえ、シンジ。」



傘を閉じようとしている僕の手をアスカの手が握る。

晴れたからだろうか、少し温かい気持ちになる。



「もう少しだけ、傘さしててもいいんじゃない?」



「アスカが言うなら。」





僕は一つだけ間違っていた。

傘はあったほうがいい。