一分一秒の価値









 カーテンの隙間から差し込む光。

 もう、朝か。

 僕はそう思いながら体を起こそうとする。

 だが、不意に僕の体は、引き戻される。

 僕のシャツに強くしがみ付く白く細い腕。

 僕の胸の中で蹲り、寝息を立てている人。

 寝起きだったせいか、僕は相当ボケていた。



「これは夢か・・・。もう一睡しよう。」



 夢と無理やり認識したのは、

 今、自分がおかれている立場、何が起きているか、

 それを認めるわけにはいかなかったからだ。

 そう、アスカと僕が同じベッドで体を寄せ合い寝ていたということを。









「ちょっとアンタ。起きなさいよね!」



 何か騒がしいな。

 耳元で誰かが何か言っている気がする。



「こらッ! シンジ! アンタが起きないと起きれないじゃない!」



 アスカの声だ・・・。

 でも、僕が起きないと、起きれないってどういうことだ。

 現状を把握するために、目をゆっくりと開ける。



「アスカ・・・。アスカ?!」



 思い出した。さっきアスカが僕の横で寝ていたんだ。

 でも、何で。それに、ここは僕の部屋なのに・・・。



「やっと起きたのね。このバカシンジッ!

 それより、早く手どけてくんない?」



 不意に全神経を手に集中してみる。

 寝起きだから、あまり手に力が入らないけど、

 手がどういう状況なのかは大分分かった。

 アスカを、アスカを抱きしめている。この僕が。



「アスカ! ごめん。」

「べ、別に謝んなくてもいいわよ。」



 冷静に考えてみよう。

 何故、アスカはここにいるのだ?

 僕がアスカを抱きしめていることより、

 まず、その事が一番気になる。



「でもなんで、アスカがここにいるの?」

「へ? だ、だからこれは、そ、その・・・。」



 不意にアスカは僕から目を逸らす。

 その目の視線は、窓を見ている。



「アスカ。もう一度聞くよ?

 何でアスカが僕の部屋いるの?

 何で同じベッドでアスカが寝てるの?」

「何よ? 寝ちゃ悪いっての?

 何処で寝ようが人の勝手でしょ?」



 逆切れだ。質問の答えに困ったときはいつもそうだ。

 恥ずかしさを隠す為だろうけど、少しムッとくる。

 ま、そういうアスカが好きなんだけどね。



「誰も悪いなんか言ってないよ。

 ただ何でアスカがいるか聞いただけじゃないか。」



 正直、理由はどうあれ、僕は健全な男子だ。

 そんな男子と一緒に寝るということはどういうことか分かっているのだろうか?



「その、一人で寝るの寂しかったから。」

「アスカ。この際だから聞いておくけど、

 僕に襲われるかもしれないとか考えなかったの?」

「え? シンジは私の事襲ったりするの?」



 まずい。もう少し言葉を選ぶべきだったかな。

 どちらにしろ僕は男子という主観から意見を述べたまでだ。



「だから、そうじゃなくて。

 男と寝るというのはどういうことか分かってるの?」

「別にいいわ。

 シンジとなら別に一緒に寝れるもん。」



 僕を一人の男として認めてくれているのか、

 僕を男と認識せず、ただの人間と思われているのか分からない。

 少なくとも前者であることを願う。



「それってどういうこと?」

「だ・か・ら。シンジの事が好きなの。私は。

 な、何か文句ある?」



 アスカが僕のこと好き?

 ふふ、僕の聞き間違いに決まっている。

 それに、本当だったとしても家族としてだろう。



「アスカ。今、好きって言った?」

「言ったけど。何よ? 私がアンタのこと好きじゃ悪いわけ?」



 やっぱり好きって言ってるらしい。

 男としてすきなのか、家族として好きなのかどっちだろう。

 僕は、また前者であることを願う。

ただ只管に願う。



「その好きってのはどういうこと?

 男として好きだってこと?」

「そうよ。私はシンジの事が好きなの。

 男としてのシンジが好きで好きでたまらないの。」



 間違いないようだ。

 アスカは僕の事が好きなのだ。

 アスカの気持ちは分かった。

 だけど、次に問題なのが僕の気持ちである。

 僕がアスカの事をどう思っているのか。

 好きだと思っているのかどうかだ。



「で、シ、シンジはど、どう思ってるのよ。

 私の事。どう思ってるの?」

「ぼ、僕は・・・アスカのことが・・・・



 ピーンポーン ピーンポーン



 不意にインターホンが鳴った。

 鳴ったと同時に、僕の張り詰めた緊張感は一気に崩壊し、

 その場にあった雰囲気も同じく崩壊した。



「ったくもう、シンジが言わないせいだからね!

 あとで返事聞くから。早く行ってきなさいよ!」

「あ、うん。返事は後で言うから。」



 さっき早くに言っとけば、もう恋人の関係になってたんだろう。

 そう思うと、あの一分一秒を大事にすれば良かったと、

 少し後悔してしまった。



 僕はいつもそうだ。

 使徒と戦った時も、アスカを助けることができなかった時も、

 全てあの一分一秒を大事にしていなかったのだろう。

 大事にしていたと思っていただけで、実は大事にしていなかった。

 それが結果に繋がるのだ。

 使徒に殺されそうになった時も、アスカが死にそうになった時も、

 全てこの一分一秒を大事にしなかったせいだ。



 エヴァに乗っていたあの時と、今の出来事を一緒にするのは、

 少し無理があるように思えるけど、

 後悔しないってとこでは合ってるとは思う。

 今、しなくちゃいけないこと、言わなくちゃいけないこと。

 それをしなければ、結果的に後悔してしまう。



 僕は後悔しないために、この一分一秒という短い時間を、

 誰よりも一生懸命に生きようと思う。

 世界で一番愛しているアスカと共に。
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