雨とは厄介なもんである。

制服は濡れるし、荷物は濡れるし、体は冷える。

その上風邪をひくことだってある。

何かと体調を崩しやすい。

さらに、必須アイテムとして傘が必要になる。

これを持って歩くのはごく自然なことではあるが、

実際面倒くさかったりする。

雨を好む人、そうでない人がいるが、

アスカは後者側である。



雨の日はいつも気分が少し優れない。

雨が降らなくなると困る人が出てくるのは分かりきっている。

でもアスカはしばしば雨の存在を否定してしまうのであった。

彼女にとって嫌な存在である雨。

それが多く発生する時期は梅雨。

この第3新東京市もまさに今梅雨の時期である。

アスカの気分がよろしくないのは言うまでもない だろう。





朝、ベットの上で目が覚めて雨の降る音が耳に届けば「また雨か……」とポツリ呟いてしまう。

そんな日が大分続いていた。

が、こういう時期でも燦々と太陽が輝いて夏の暑さを蘇らせる晴天の日もある。

今日がまさにそんな日であった……





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「あいあい」


by PAX








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久々に太陽の映えた第3新東京市。

今日のアスカの気分は良好であった。

朝目覚めてぼそっと愚痴を吐く事もない。

久しぶりに気分良く朝食を食べ、登校する。

学校での授業中、アスカは度々窓の外を見ては、

広々とした青い空と黄土色のグラウンドを望む。



(こんな良い天気、何日ぶりだっけ……)



恐らく数日前もこんな天気だった。

だが、そんな短い期間空いてしまっても、

梅雨というのは晴れの日を懐かしく思わせてしまうものなのだろうか。

ふとアスカはそう感じた。



教室に視線を戻してみると、前方に自分の席を持つシンジも窓の方を眺めていた。

右手に持っているペンを微かに揺らしながら頬杖をつきながら見ているものだから、

多分先生の話なんて聞いていやしないだろう。

尤も、先生の話はいつも同じことばっかりだから聞く必要もないのかもしれないけど。

アスカもシンジの真似をするように頬杖をついて外を見てみる。

やっぱり良い天気だ。

さっきもそう思ったけどまたそう感じさせられる。

アスカにとって、今日のこの天気はとてもありがたいものであろう。

おまけに『使徒』とかいうやつらも現れない。まったく良い日である。



(明日もこんな天気だと良いんだけどねぇ)



しかし、梅雨前線というやつはやっぱりここらでまだ停滞しているみたいである。

時間が経つにつれ次第に青空を灰色の雲が侵略し始めた。

昼休み頃には午前中とはうって変わって、

またいつもの雨の日に戻ってしまった。

しかもいつになく土砂降りだ。

いつもは屋上で昼食をする3バカも、

今日は珍しく教室でお昼を取っている光景が見られた。

アスカとヒカリもいつもどおり教室で弁当箱を開くのだが、

アスカの表情だけは普段と違って暗い。

予想外の大雨に気分も沈んでしまったのだろうか。



「アスカ、体調悪いの?」

「えっ? う、ううん、何でもない。それより早く食べましょ」

「ならいいんだけど……」



ヒカリが暗いアスカを見て気遣う。

実際に悪い所は体調ではないが、

そう思えてしまう感じの表情なのだ。

ヒカリが心配するのもよく分かる。



(こんな大雨、単なる通り雨よ)



心密かにそれを願っていたアスカ。

しかし、その願いむなしく、雨は放課後も降り続けていた。

昼頃よりはいくらかましかもしれないが、

依然として強い雨であった。

今日も憂鬱な気分で下校する事になってしまったアスカ。

湿っぽい下駄箱に着き、下足を取り出したアスカはあることに気付いた。

そう、雨の日の必須アイテムの存在。



(今日傘持ってきたっけ……?)



急いでカバンを開けてみるアスカ。

すると案の定、そこに折り畳み傘は無かった。



「どうしよう……」



ふと言葉として出てきてしまった焦り。

こんな時に限ってヒカリは関西弁と一緒に帰ってちゃうし、頼るあてがない。

雨が止むのを待つかといっても、この様子じゃ上がる気配を感じない。

これでは学校に居続けだ。





――そういえばシンジはどうしたのかな……?

アイツ、意外としっかりしてるところあるから――





「おーい、アスカ」

「きゃあっ!」

「わわっ! な、何?!」

「ちょ、ちょっと脅かさないでよ!」

「べ、別に脅かそうとしたワケじゃ……」



アスカがシンジの事を考え始めた瞬間である。

自分のすぐ後ろから本人の声が聞こえたらそれは驚くだろう。

気を取り直して、今度はアスカから口を開いた。



「で、何よ」

「いや、ちょっと気になってさ。

アスカ、傘持ってないんじゃないかって」

「えっ、何でそれを……?」

「だって今朝天気予報で言ってただろ。

『折り畳み傘は必須だ』って。

なのにアスカ持って行かなかったから」

「そ、そうだっけ……」



アスカはふと今朝の記憶を掘り出してみる。

確かに、女性の気象予報士がそんな事を言っていたかもしれない。

その言葉を信じなかった結果がこれだ。

アスカは自分を心の中で哀れむのだった。

シンジはカバンから折り畳み傘を取り出すと、

雨の校庭を眺めながら喋り始めた。



「この雨じゃ傘なしで帰るなんて無理だし、一緒に入ってく?」

「えっ……」





――こ、これってつまり『相合傘』のお誘いってコト?

シンジ、アンタいつからそんなこと女に誘える男になってたのよ……





仕方なくシンジが誘っているというは何となく分かるが、

それでもアスカはちょっぴり嬉しかった。

それに、家に濡れずに帰るにはこの方法しかないだろう。



「う、うん、じゃあそうするわ」



ちょっぴり照れた声色で返事をしてシンジを見てみると、

シンジにも照れた表情が窺えた。

自分が言ったことの重大さに言った後で気付いたらしい。

何というか、鈍い男である。



「そ、それじゃあ、ええっと……」

「は、早く傘開きなさいよ!」

「あ、ああ、ごめん!」



2人とも相合傘というのは初めてのようだ。

どうも照れというものが窺えて仕方がない。

ぎこちない様子で傘を開き、傘に入る。

傘を持っているのはシンジだ。

若干力んでいるように見えるのは気のせいだろうか。

2人で歩いて行くのにも何だか苦労しているみたいだ。

歩行速度が遅い。



そうしてやっとの事で正門を出ると、2人はゆっくりと自分達の家の方へ向かって行く。

シンジは窮屈そうに、アスカは相合傘を楽しんでいるように見えるのがまた面白いところである。

そして共通して2人は顔が赤い。

おまけさっきから会話らしい会話がない。

やっぱり相合傘というのは照れくさいものなんだろうか。

しかも、よりにもよって初めての経験であるから余計に恥ずかしそうだ。



そんな初々しい2人の速度は次第に慣れてきたのか、

さっきよりもましな速さになっていた。

歩幅も大体同じくらいだ。

いつかのユニゾン特訓の影響か、息は合っている。

しばらく歩いていると、2人は互いの歩幅なんかよりも周りの事が気になった。

自分達がどんな風に見られているのか、

それが凄く気になってしまうのだ。



雨の日の帰り道であれば、いつもは周りなんか気にしない。

だが、今回に限って見てみると驚いた事に相合傘をする人たちが多いのだ。

その中には第壱中学校の生徒もいる。

女子同士でするところもあれば、

無論男女のカップルでするところもあった。

そんな群の中にちゃっかりシンジとアスカは溶け込んでいたのであった。





(いつも、こんな感じなのかな……)





今までは気にしていなかった降雨の中の帰路。

しかし実際気にしてみれば、

それは人のわりに傘の数が少ないという奇妙な光景があるのだった。

そして今、その中に自分達がいる。

自分達がどんな感じでこの光景に混じっているかを想像してみる。





――高い確率でカップルだと思われているに違いない。

むしろそうとしか見えない。

なんせ男女での相合傘だから、そう見られて当然だろう。





そんな事を想像したアスカは急に恥ずかしくなる。

赤面して下を向いてしまう。





何だかシンジに顔を合わせられない。

見てしまうと余計に赤くなってしまう気がするから……





「ど、どうしたの、アスカ?」



「ええっ? あ、いや、別に……」



俯いたアスカを気にかけてシンジが聞いた。

彼も若干照れた声色だったが、

今のアスカはそんな事に気付くことができる状態ではなかった。



「ねぇ……シンジ」

「な、なに?」



今度はアスカから口を開いた。

相変わらず2人の照れは抜けていない。



「もっと……くっついてみない?」

「……えっ?」



思ってもみなかったアスカの発言。

一瞬冗談かとは思ったが、

アスカの照れた声色は本物だった。



周りのカップル方と比べてシンジとアスカの距離は離れているのかもしれない。

それに気付いてしまったアスカ。

彼らに負けたくないというプライドで口走ったのか、

それとも純粋な想いゆえなのか。

ついついあんなことを言ってしまったが、

言った後になって困ってしまったようだ。

今のアスカはシンジの返事を誰よりも不安になって待っている。

断られると何だか悲しいがほっとする。

受け入れられると嬉しいが恥ずかしい。

そんな葛藤である。

しかし実際アスカよりもシンジの方が困っていた。

いきなりアスカにあんな事を誘われてしまったのだ。

困ってしまうのは当然であろう。

しかも、そのアスカは今にも答えを待っている様な雰囲気なのだ。

断れば何だかアスカに申し訳ないがほっとする。

受け入れればそれはそれで嬉しい。

だがとてつもなく自分にとっては恥ずかしくなる。

シンジもアスカと似たような葛藤に悩んでいた。

悩んだ末、シンジは覚悟を決めると口を開いた。

自分の体が熱くなっているのが分かる。

なんでこんなにドキドキしてるんだ、僕は……



「い、いいよ……」

「えっ……あ、うん……」



照れながら答えるシンジ。

それに対する返事も照れた声色だった。

それでいて大人しい。

アスカはより一掃顔を赤くするとゆっくりとシンジの方へ寄り添った。

シンジも傘の手の部分に近いづいて行く。

何も言わずに、何も音を立てずに近づく。



――少しアスカの髪がシンジの傘を持つ腕に触れた。

そしてアスカの肩も少しシンジの体に触れる。

たとえ少しではあってもシンジはそれをしっかりと感じた。

しかし、体が触れてしまうほどに寄り添ってしまったシンジは動揺する。

そもそも体が触れるほどに近づくなんて思っていなかったからだ。





――アスカはこれでいいみたいだけど、

もう僕の心臓は恐ろしいほどにドキドキしてる。

こんなままで歩いてたらどうにかなっちゃうよ……





一方でアスカも自分の行いのおかげで、

シンジと同じくらいに心臓を鼓動させながら歩く羽目になってしまった。

さっきよりも顔が赤くなる。

そして余計に周りの事が気になってしまうのだった。



早くこの場を抜けたいのか、シンジの歩くのが少し速くなった。

その速さに無言で合わせるアスカ。

どうやら2人とも考えている事は同じらしい。

道行く傘を掻き分けて、

2人はカップル群をいそいそと抜け出して行くのだった。









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カップル群を抜け、家までの一本道。

2人の相合傘は相変わらず続いていた。

当然、照れも抜けてはいない。

学校からずっとそうだ。特に会話らしいものもない。

それでもアスカにとっては嬉しかった。

シンジとこうして相合傘で帰っていること、

シンジにこんなにも近づいていること……



「ねぇ、シンジ……」

「……ん?」

「どう? こうやってアタシと歩いてて……」

「そ、そうだな……。な、なんか、恥ずかしいや……」

「……そんだけ?」

「……うん、まぁ」

「……ふぅん」

「な、なんだよ、それ」

「別に……」





なんでシンジの答えを期待してるんだろ。

別に今のは今のでシンジらしいから別にいいのに……

アタシって欲張りなんだね、実は。





「でも……」



シンジが真っ赤になった顔をして再び口を開き始める。



「こ、こういうのも……たまには、いいかな……」





――ホント、いつからそんなこと言える男になったのよ、アンタは……





「バ、バカッ! 恥ずかしいでしょ!」

「えっ……ああ、ごめん」





なんでアンタっていつも謝ってばっかりなの? そういうところはまだ『シンジ』なのね……





「べ、別に謝んなくても――」

「ア、アスカ危ない!」

「えっ――」



シンジの声と共に引き寄せられたアスカの体。ベルの鳴る音。水の飛ぶ音――



「うわぁっ!」



アスカはシンジの左腕の中でその声を聞くと、

自分にも少し水が飛んできたのが分かった。

そして声を上げたシンジの足元を見てみると、

元々黒かった制服が水のせいでもっと黒くなっていた。



「まったく危ない自転車だな」



そう言うシンジの目戦の先には猛スピードで走って行く自転車の姿があった。



「大丈夫、アスカ?」

「アタシは大丈夫。シンジこそ大丈夫なの?」

「僕も別に怪我とかはないよ。ただ、シャツが思いっきり濡れちゃったけどね」



(アンタ、アタシの代わりんなって……)



アスカは嬉しかった。

シンジが自分の事を庇ってくれたこと。

それから図々しいかもしれないが、

シンジの腕の中に蹲ってしまってこと……



「ごめん、アスカ。ビックリさせちゃったね」



シンジがアスカを解放し、傘を持つ手を左に変えたその瞬間――



「――!!!」

アスカはシンジの左腕に縋り付いていた。

力強く、シンジの左腕に掴まっている。

アスカから伝わる人の温もり。

シンジはそれをひしひしと感じ、

同時にその熱を体全体にいきわたらせ、

自分の体を火照らせた。



「ど、どうしたの、アスカ……」



シンジがドキドキしながらそう聞くと、

アスカは口だけを動かして答えた。



「……こうしてても、いい?」



自分を縋り付くアスカにシンジは困っているようだったが、

また顔を火照らすと細々と口を開いて答えた。



「……い、いいよ」



その言葉を聞くとアスカはよりシンジを引き寄せる。

アスカのさらさらした髪が腕に密着する。

アスカのすべすべした肌も腕に密着する。

それを肌で感じ、

どうすればいいのか分からなくなってしまったシンジはただ立ち尽くしていた。



「は、早く進みなさいよっ、このバカっ」

「あ、ご、ごめん……」



アスカにそう言われると、

シンジはゆっくりと歩き出す。

アスカはそれにしっかりとペースを合わせて歩く。

居心地良さそうにシンジに寄り添いながら歩くアスカの姿は誰が見たって幸せな光景そのものである。

そんなアスカとは逆に硬い表情のシンジ。

本当は幸せ者の表情でいいはずなのに、

照れが邪魔してそうさせてくれない。

そんなシンジの様子をこっそり窺ったアスカはついつい笑ってしまうのだった。



(ホント、シンジってかわいい……)



「な、なんで笑ってるんだよぉ」

「べ、別に、何でもないわよっ」

「ホントかな……」

「ホントに決まってんでしょ! もう!」

「わわっ! 別に怒らなくたっていいじゃないか……」



ちょっと威勢の良い声を出しただけで怖気づくシンジ。

そんなシンジを見てアスカはまたクスクス笑ってしまうのだった。

シンジはそれを敏感に気にしながらも、

家までの一本道をゆっくり歩いて行く。



しっかりアスカが着いて来れるような速度で、

アスカが着いてきてくれるような速度でシンジは歩く。

アスカはシンジにしっかり着いていけるように歩幅を気にする。

どこかぎこちない2人なのだが、

それはまた初々しくて良い雰囲気である。

そんな2人を邪魔するものは何もない。

ゆっくりと、ゆっくりと2人は道を歩いて行くのだった。



「また、明日も雨になんないかなぁ……」



赤面しながらアスカがポツリ呟く。

そうすればまたこうやって、

シンジと一緒に帰る事が出来るから。

シンジとずっとこうしていたいから……



「ぼ、僕はいいよ。もう濡れるのはこりごりだからね……」



苦笑いしながら答えるシンジ。

しかし、その答えにアスカが笑みをこぼすはずがない。





まったく、何でアンタは最後の最後で……





「シンジぃ! アンタって男は〜!」

「わわっ! ど、どうして泣いてるんだよ、アスカ」

「だってアンタが、アンタがあんなこと言うから!」

「あ、『あんなこと』? 僕、なんか悪いこと言っ――」

「もういいわよ! このバカシンジ!」

「ひ、ひぃ〜!」



怒るアスカにシンジが謝るいつもの光景。

でも2人にはやっぱりこれがお似合いなのかもしれない。

結局、彼らに『良いムード』を作り出すのは無理なんだろうか……



「この大バカシンジがぁっ!」

「お、怒らないでくれよ、アスカぁ……」









「あいあい」終わり


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あとがき


「LAS DREAM」の皆様、初めまして。

LAS小説を書かせてもらっております、PAX(パックス)という者です。

なんだか私の住む地域では雨がなかなか降らないんで、

気持ちだけでも梅雨に浸ろうかとか思って書いた短編です(ぇ

いや、ホントに最近は凄く微妙な天気なんです。

雨は降らずとも雲はすごいどんよりしていて……過ごしにくいです。

湿気もたまるし、むしむしするし、

卓球やる環境には向いてません^^; ……ってどうでもええね(ぁ

さて、今回は『相合傘』がテーマなワケでしたが如何でしたでしょう?

初々しさを感じてもらえれば光栄なんですが(汗 まぁ2人にそんな光景あまり似合いませんよね。

てなワケで最後はああいうオチなんですが。

では、またどこかでお会いできる機会があればまた。

PAXでした^^




 ども、Superです。  この度はLAS DREAMに投稿してくださって有難う御座います。

 アスカとシンジの相合傘ですか〜。

 私も一度はしてみたいな〜何て思いますw

 それに、アスカのシャイな態度や、

 シンジのオドオドしている様子。

 会話からそれぞれ正確に感じることができました。

 こういう小説を読むと、

 LAS小説の偉大さを思い知るというか。



 これからもLAS DREAMを宜しくお願いします。(_ _)
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