LAS DREAM 10000hit 記念!
I and
You of Windy City.
A Story in Chicago.
Written by
WIS
サードインパクトの後、ネルフが国連に解体されて、あたしもシンジも居場所を失った。
第3新東京市を始め、ネルフ本部施設は完全に閉鎖。
同時にネルフ幹部として国連に出頭を求められたミサトとの生活も出来なくなった。
冬月副司令やミサトの意向もあり、国連によって各国の思惑から「保護」されたあたしとシンジは、あたしがアメリカ国籍保持者だからだろうか、アメリカへ発つように言われた。
少なくとも、日本政府は公権力を用いて元ネルフ職員の逮捕・起訴、裁判による一方的な責任追及を行っているので、日本国外へ移住した方が安全だった。
国連の後ろ盾があるため、アメリカ合衆国政府といえども簡単にシンジの分の国籍の発行に応じた。
表向きは保護民――つまり、難民だ。
それでも、あたしとシンジは相当重要だったのだろう、わざわざ、連邦政府の官僚と軍人、連邦捜査局の幹部が面会を求めてやって来て、長々とした保護受け入れの経緯と連邦政府の意向、軍とFBIの優先保護市民であることなどを話された。
自分の名前を失いたくなかったから、証人保護プログラムの適応だけは拒否したが、日本政府も国連とアメリカに保護されたチルドレンには手を出せないだろうというアメリカ側の意見によって、名前だけは失わなかった。
そして、セカンドインパクト後のアメリカの最大の大都市であるシカゴに国連が提供する家に住む事になった。
その過程で、国連のある担当官が言った。
「これからは、君達が生きたい様に生きれば良い。僕は君達を見守っているだけしか出来ないからな。」
でも、あたしは何をしたいのだろう。
西暦2019年――アメリカ合衆国 イリノイ州
シカゴ市 ウェストサイド
ニューヨークやロサンゼルス、フィラデルフィアなどの全米はおろか全世界に名だたるアメリカの大都市は沿岸部にあったため、その殆どがセカンドインパクトによる海水面上昇によって水没してしまった。
ワシントンD.C.も多数の連邦政府施設が水没し、最近完成した堤防による干拓作業によって首都機能が戻るまでは、名前だけの首都であった。
その点、シカゴやデトロイトなどの五大湖周辺の都市は海水面上昇の影響を受けることなく存続しているものの、依然として治安の悪化が深刻でアメリカが多大都市の典型的存在となっている。
そんなシカゴの市街地近くのウェストサイドにある、とある古びた高層アパートのベランダでは一人の女性が洗濯物を干していた。
一通り、干し終わって太陽の方向を見る。
シカゴの歴史ある摩天楼や近代的なビルディングが建ち並ぶダウンタウンが朝日に照らされ、少し遠くのミシガン湖の水面がきらきらと反射して眩しい。
ダウンタウンのひときわ大きな影、かつて世界一の高さを誇った「シアーズ・タワー」だ。
この街で迎える朝日は何回目だろう。
なんだかんだと、あたしが家事をし始めたのも何時からだろう。
3年と言う時間は、意外と長い。
家事能力が著しく欠如したと自分で言えるあたしでさえ、こうやって掃除洗濯位はやってしまうのだから。
もっとも、食事はシンジ担当だけど、料理は腕が良いほうが作った方が良いはず。
そう思いながら、少し寒い朝のバルコニーから家の中に入る。
キッチンでは3年前よりずっと背丈も伸びて、少し、ううん、結構様になったシンジが朝ご飯を作っている。
「あ、アスカ?今日の朝はポテトサラダにするけどそれでいい?」
シンジが顔だけをこっちを向けて、たずねた。
「うん。いいわよ。」
と、あたしは返して、仕事へ行く準備をする。
その返事を聞いたシンジは、冷蔵庫からベーコンを出してきて切り始めた。
シンジはいま大学生。
高校で一年飛び級をしている。
努力家で将来はメディカルスクールを志望している優秀な学生らしい。
その性格から学校での人当たりも良い。
ガールフレンドも結構いるみたいだけど、あたしとの同居が知れ渡ってるから、あくまで友達の範囲内。
あたしはと言えば、今はシカゴ市のシティホールに勤める、市職員。
つまり、公務員って奴だ。
本当はシンジと一緒に高校に行きたかったけど、年30,000$の連邦政府からの給付金と5,000$の国連からの一応の年金を合わせて35,000$の年収では2人も大学はいけないのだ。
それに、あたしは高校も大学も出ているので今更行く必要は無い。
市職員の仕事は、結構楽だけど、だからこそ給料も低い。
初任給なんて、大卒で元国際公務員のあたしでさえ1600$程度だった。
まぁ、しょうがないか。
ネルフは解体されて、あたしもまだ18歳だし。
直属の部長や同僚はあたしの学歴と歳が気に入らないのかイロイロ嫌がらせしてくる。
それでも、少しは中の良い同僚もいるし特にバリバリのキャリアウーマンの課長とは馬が合う。
今ではよく、仲の良い同僚と課長でバーに行く仲だ。
っていっても、あたしは未成年だから隣でコーラやノンアルコールビールでも飲んでるんだけど。
最初は、来る日も来る日も嫌いだった馴染みの無いシカゴだが、最近は自分の居場所が出来てきた感じがしてきた。
でも、成人後については連邦政府の機関や軍からオファーが来ている。
国務省、商務省、エネルギー省などはおろか、空軍、国防総省やCIA、FBI、州警察・・・よりどりみどりだ。
シンジは「アスカがやりたい仕事に就けば良いんだよ」と言う。
「なら、ゲームやドラマとかでお馴染みのCIAとかFBIに行って良いわけ?」って言い返したら、シンジは「それもいいんじゃない」って言った。
あたしは、現実にこういう仕事をやってみるのも楽しいとは思う。
でも、それでも、シンジと一緒にいる時間を大切にしたいと思った。
シンジも来年、飛び級でメディカルスクールに入学したら、医者になるための勉強も忙しくなる。
そして、2年後にはシンジは医学生として病院で臨床研修が始まるはず。
そうなれば、あたし達が一緒にいる時間は今と比べてずっと少なくなる。
あたしが、連邦公務員になんかになって、ワシントンなんかに行ってしまえば1ヶ月に一回のレベルになるだろう。
シンジはワシントンにまで付いて来てくれるかもしれないが、そうなればシンジにまた迷惑をかけてしまうことになる。
大学の転校は案外難しいのだ。
あたしは、バッグの中に2、3枚の薄い冊子の書類を入れるとTシャツにジーパンと言うラフな格好に着替えて、テーブルの前の椅子に座る。
窓口業務じゃないあたしは、こんな格好でも別に咎められたりはしない。
もっとも、いやらしいあの部長にはウダウダ言われるかもしれないが。
そこに、シンジがポテトサラダとボイルしたウインナー、ドイツ料理に近い朝ご飯を持ってきた。
「いっただきまーす!」
「いただきます。」
これだけは、毎日欠かさない。
これを欠かしてしまったら、シンジとの時間が無に帰ってしまうような気がする。
強迫概念かしら?
「アスカ?僕、きょう早く帰ってくるよ。」
「なんで?なんかあったっけ?」
「ジェイがくるんだ。聞いてなかった?」
「ジェイが?ああ、メールで言ってたっけ。」
ジェイはあたしとシンジの保護者で、3年前アメリカへ「保護」を要請した国連の担当官だ。
今でも月に一度は会う。
彼を見ているとあたしは昔の加持さんを思い出す。
両親はアメリカ人とロシア人だが、生まれも育ちも日本。
セカンドインパクトの時にアメリカ海軍士官だった父親が乗艦ごと行方不明になり、彼はロシア人の母親と2人きりで暮らした。
彼もセカンドインパクト世代の苦労人っと行った所だ。
「じゃあ、少し早いけどもう大学にいくね」
ポテトサラダを口にしながら、シンジが言う。
「もう?」
「うん。今日はウィルと一緒に教授に質問があるんだ。」
今度はベーコンを頬張りながら。
ウィルはシンジの親友。
彼とは結構面識のある。
少々、引っ込み思考だが人の良い男だ。
「そっか。まぁ、頑張ってきなさいよ。」
それくらいの事しかいえない、自分が少し悲しかった。
あたしもシンジと一緒に大学に行きたかった。
「アスカも、無理しすぎないでね。」
そう言って席を立つシンジ。
見送るために、あたしも席を立つ。
でも、よかった。
孤独だったシカゴも今では、あたしの第3の故郷。
「じゃあ、いってくるよ。」
シンジが笑いながら笑顔で出てゆく。
あたしの傍にはいつもシンジがいる。
あたしは最高の人を見つけた。