恋する乙女
「はぁ、何でこんな時に雨降るのよ。」
碇君と初めて喋ったのは、大雨の日だった。
登校したときは、快晴だったのに、
掃除をしている途中から雨が降ってきた。
「どうしよ。私、傘持ってきてないのに。」
私は、教室の傘立ての所で立っていることにした。
残った傘を使って帰ろうとしたのだ。
「惣流・・・さん? どうかした?」
不意に話しかけられた。
この整った顔をしていて、どことなく優しい雰囲気がある
私の目に前にいる少年。彼の名前は碇シンジ。
席が近いのは知っていたけど、
あまり気にかけない存在だった。
「碇・・・君だっけ? 私、傘忘れちゃったのよ。」
「そう、じゃあ、この傘使いなよ。
僕は二本あるから。」
私に持っていた傘を渡して、
彼は学校を飛び出して行った。
私は窓の外から彼の帰る姿を見てみると、
カバンを頭の上に置いて、帰っている姿が見えた。
「傘、二本も持ってないんじゃない。
ちょっと悪いことしちゃったかな。」
私はそう思いながら、彼の傘を使って帰ることにした。
そして、この出来事から私の恋は始まるのであった。
「碇君まだかな。」
私は朝早くから学校に行って碇君が来るのを待っていた。
碇君は結構、来るのが早いからね。
「今日、休みなのかな。
あと、3分でHR始まるし。」
いつもなら、もう学校に来て、
鈴原と相田とで喋ってる頃なのに彼は来ない。
「まさか、風邪で休みとか。」
あの大雨の中を傘を差さずに帰れば、
風邪もひくのは当たり前。
とうとう、この日は碇君に傘を渡すことができなかった。
次の日。私はいつも通りに学校に通うことにした。
何故か今歩いている時間、場所が懐かしい気がする。
「惣流さん、おはよう。」
「おはよう、惣流」
いろんな人が私の姿を見つけると、
おはようと挨拶をしてくる。
私も同じようにおはようと笑顔で返す。
笑顔で返しながらも私は、碇君の姿を探した。
「あ、碇君・・・。」
私の数百メートル先に碇君の姿があった。
彼の所まで、走れば学校に入るまでに追いつくだろうと思い、
全力疾走で走った。
だけど、碇君は学校へは行かず、
傍にある公園の中へ入っていった。
私は恐る恐る公園の茂みから碇君が何をするか、
ジッと見つめていることにした。
「さ、食べて大きくなるんだよ。」
彼はダンボール箱の中に手にあったパンを入れた。
何やら箱の中には子猫らしき動物がいるようだ。
「また、来るからね。」
彼はそういい残し、学校へと向かっていった。
この日から、私は碇君のすることを
目で追うようになった。
今までは、ここまで人のする行動が
気になったことは無かったけど、
彼の事が凄く気になってしまった。
「トウジ、ケンスケ、おはよう。」
「あ、シンジ。おはよう。」
「シンジ、お前今日は遅いねんな。」
碇君は教室に入ると、まず鈴原と相田に挨拶する。
親友でもあるこの3人を回りは3バカという。
「あ、ちょっとね。忘れ物しちゃってさ。」
私は碇君が"子猫にパンをあげてた。"って言うと
思ってたのだが、そうは言わなかった。
それに、実際は忘れ物何かしてはいなかった。
「相変わらずドジやな。シンジは。
お前、何回、持ってくるもの忘れんねや。」
碇君は前からずっと忘れ物を繰り返している。
恐らく、碇君は前からずっと
子猫の世話をしているということになるのだが。
「まぁ忘れっぽいってことなのかな。」
ウソ。彼は忘れっぽいんじゃなくて、
優しいのに。
なのに何で彼はホントの事を言わないのか。
このことについて私はジックリ考えてみた。
黙っていて何かメリットはある?
無いわ。彼の場合、自分は忘れっぽいってことになってるし。
じゃあ、本当のこと言ったらメリットはある?
有るわ。だって周りから優しいって思われるはずだもの。
彼の不可解な言動、行動に私は興味を持った。
「そういえば、私傘返してなかったわね。」
その日の放課後。私は碇君が下校するところをついていった。
今朝彼が言ってたことが本当だとすれば、
彼は公園に向かうはずなのだ。
「はい、これ弁当の残りとパン。
ごめんね。こんなものしかあげることができなくて。」
やはり彼は公園の中に入っていき、
ダンボール箱の中にいる子猫達に御飯をあげる。
可愛い子猫達に彼は微笑む。
何故?何故彼はここまで優しいの?
自問自答を繰り返してもちゃんとした答えは見出せない。
だって答えを知っているのは本人だけであって、
他人の気持ちを完璧に理解することなど誰にもできやしない。
だってそうでしょ?
他人の気持ち完璧に理解できる人間なんてどこにいるの?
世界中の何処を探しても絶対いないわ。
・・・だけど、私は彼の事を知りたいと思った。
誰よりも、世界中の誰よりも知りたいって思った。
そして、私は答えを知る方法を発見した。
そう、思い切って本人に直接、聞いてみることにした。
「あ、あの碇君?」
「そ、惣流さん?! ど、どうしたの?」
私が後ろから彼に声をかけると、
子猫の方に向いていた彼の顔が私に向いた。
「碇君。これ、この間はありがと。
凄く助かったわ。」
私は手に持っていた彼の青い傘を渡した。
「惣流さん、風邪ひかなかった?」
彼は私の事を気にかけてくれた。
自分は風邪をひいて昨日まで学校に来てなかったっていうのに。
「私は大丈夫だったわ。
でも碇君は風邪ひいたんでしょ?」
「まぁね。傘は差して帰ったんだけど、
風邪ひいちゃったみたいだよ。」
彼はまたウソをつく。
でも、私にはそんなウソは通用しない。
だって本当のことを知ってるんだもん。私は
「ウソ。碇君はウソついてる。」
「え?ウソなんか・・・」
彼は少し動揺していた。
そりゃ相手にウソって言われたんだから当然。
「碇君は傘一つしか持ってなかったんでしょ?」
「・・・・・・」
「何で二つあるって言ったの?」
私は気になっていたことを聞いた。
自分の中で答えを見出すより、
彼に直接聞いた方が、いい答えが返ってくると思うから。
「そ、それは・・・もし、
僕が一本しか無いって言ったら、
惣流さんは僕の傘使った?」
確かに言われてみれば、
一本しか相手は持ってないのに、
相手の傘を借りることなんてできない。
「多分、使わなかったわ。」
「だから言ったんだよ。そういわないと、
使ってもらえないって思ったから。」
普通に碇君は言葉を返す。
それが常識のような感じで。
「じゃ、じゃあ、何で鈴原と相田に、
忘れ物したから遅れたとか言ったの?」
彼は子猫に御飯を与えていたのに、
何故そういうのが分からなかった。
「だって周りの人に言ったら、
自分は優しいとかそういう風に思われるし。」
「思われたくないの?」
まさかこんな言葉が返されるとは思ってもみなかった。
「そうじゃないよ。僕の中では、
こういうことをするのが当たり前なんだよ。
そうすることで良いことあったらいいなって。
昔は母さんが死んだり、父さんが僕を捨てて、
親戚の人の所で暮らしたりとか。
だから少しでも多く良い事をして、
見返りが欲しいんだよ。キットね。」
彼は微笑みながら言った。
だけど私には分かる。
彼の微笑みの向こうには、悲しみがあるということを。
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