再会
今日、アスカが帰ってくる。
多分十年ぶりぐらいだろう。
その頃は僕もアスカも凄く幼かった。
アスカがドイツに行くって聞いても、
自分では分かっているつもりだったんだけど、
それが十年も離れ離れになるというとこまでは分からなかった。
そんなアスカが帰ってくるんだ。
ドイツから僕の居る日本に。
「シンジ君、雨降って来たから帰ろ。」
僕はこの頃の出来事を鮮明に覚えている。
ただ、ハッキリと覚えているのはアスカといた時のことぐらいだけど。
いつものようにアスカと公園で僕は遊んでいた。
その頃、僕達は保育園にも幼稚園にも通っていなくて、
僕とアスカはずっと施設で暮らしていた。
どうして施設なのかというと、
僕とアスカの両親はずっと海外にいるからだ。
「そうだね、アスちゃん。
風邪ひいたらいけないし、帰ろっか。」
僕達は施設の中へと手を繋いで歩いていた。
僕はそのときのアスカの手の温もり、感触。
今まで一度たりとも忘れた事なんて無い。
僕はそれぐらいにアスカを想っていたんだ。
その頃は幼くて自分自身の気持ちにも気づかなかったけど、
今なら自信を持って言える。
アスカの事が好きだって。
「ねぇ、シンジ君。
少しお話があるんだけど。」
施設にいるボランティアの人だ。
名前は葛城ミサト。
今でも結構お世話になっている。
トウジは大学一年生で凄く若くて綺麗だったけど、
それから十年も経っているんだ。
当然、前よりかは老けている気もする。
「話って何?」
ミサトの顔が悲しげな様子になっているのは気のせいだろうか。
幼いながらも僕は何となしに察知することができた。
「アスちゃんが、ドイツに行くことになったの。」
施設の小さな窓から見える外の景色。
その日は珍しい程に豪雨で、
ミサトの言っていることは聞き間違いだと、
自分に只管言い聞かせた。
「アスちゃんがドイツに?」
ドイツっていう国は知っている。
僕のお父さんとお母さん、アスカのお父さんとお母さん。
僕達の両親が今仕事をしているところだ。
「そう、ドイツに行くのよ。」
キッとまた会える。
アスカが遠くに行くことは凄く寂しいけど、
また会えるんだ。
寂しさの中に小さな希望を一生懸命見出そうとしていた僕。
その姿を見れば、多分凄く悲しい姿だったと思う。
アスカが僕の目の前から姿を消した。
僕はまだ"さようなら"の一言だって言ってないのに。
その日もまた雨だった。
ミサトにアスカがドイツに行くことを聞いてから、
僕は急いでアスカの部屋にへと向かった。
最後の挨拶もしてないからだ。
幼かったせいなのか、いつもより、
アスカの部屋までの道のりが凄く長く感じられ、
気が遠くなるような時間を過ごした気がした。
「アスちゃん、いる?」
やっとの思いでアスカの部屋に来た僕。
呼吸を荒くしながらドアにへと声をかけた。
返って来たのは、まるで僕を悲しみのどん底に突き落とすような、
留まることを知らない雨音と、
自分の口から微かに漏れる嗚咽だけだった。
子供ながらにしてようやく理解できたこと。
人と別れるということがどれだけ辛いかということ。
ましてや、大切な人との別れがどれだけ心に響くかということを。
まだ雨が降り続けている。
あの後、アスカの部屋に恐る恐る入ってみた。
大丈夫、アスカはまだいる。
そう自分に言い聞かせて足を部屋の中へと動かした。
眼前に広がった光景は、
一言で言えば何も無い空間。とでも言おうか。
あった筈の家具やベッド。
他にも衣類など全て、そこには無かった。
愕然としながらも部屋の中央へと歩み寄っていった。
グシャ
足に何か違和感を感じた。
ふと下を見下ろすとそこには一通の白い封筒。
興味本位で拾ってみた。
シンジくんへ
アスカより
封筒には下手な字でそう書かれていた。
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